感覚に付随する物語にふけらずにただ観察すること、執着しないことによって、快楽に逃げたり痛みから目を背けたりする必要がなくなる。
すると、人生に丸ごと向きあうという自由を得る。
それは、もっと軽やかに、幸せに、のびのびと生きる自由だ。
痛みが及ぼしていた力は徐々に小さくなり、自分の心身に備わった可能性がひらけてくる。
そうやってより自分らしくなれば、美しい人生や喜びを手に入れやすくなるのだ。
『「夢をかなえる」自分になる』より抜粋
湧き起こってくる感情は、否定したり押しのけたりしないことがいちばんです。
感情を取り消して手放すには、それらを意識へ浮上させるのが大事だからです(レッスン333参照)。
感情が意識に上ると、その感情が動揺や不快感であっても、贈り物のように感じられるでしょう。
心の変化、つまり奇跡を求める働きとして見られるようになるからです。
感情は、いかなるときも、その人がどちらの声を聞いているかを示します。
したがって、それらは、心に耳を傾けるための規律の中で重要な機能を果たしています。
心とは、決断そのものです。
決断は、あなたが信じているあらゆることに基づいた結論であるということを覚えておいてください。
無意識の心は間違った信念です。
それが完全に取り消されるまで、心の平和と苛立ちの狭間で、動揺を感じるでしょう。
ですから、信じているすべてを疑問視することが、コースやあらゆる真の精神修養の趣旨です。
過ちを理解し分析しようとすることより、疑問視することがより重要なのは確かです。
エゴはただゆるされて変容するだけなので、決して本当に理解されることはないからてます。
『覚醒へのレッスン』P151より抜粋
※ レッスン333 「ここでは赦しが葛藤という夢を終わらせます。」
http://lesson.spiritual-counseling.info/acim/333
辛い、しんどいと思いたくなることでいっぱい。
朝どれほどやりたくなくても、とにかく欠かさず、呼吸から始めてノートに思考を自動書記する時間を取っていなかったら、毎朝ベッドからでられなかったかもしれない。
不思議なことに、色んな抵抗を通り抜けてその時間を作ることで、とりあえずは身体の痛みと無気力から毎朝脱け出せ、むしろその後は気持ちよく朝の時間を過ごせる気がする。
今朝は本当にもう無理!というぐらい疲弊していたのが、その後、ちゃんと気力がでてきたからびっくりだ。
自我の抵抗であり、幻想なのだな、なんて巧妙なんだと思った。
なんとなくレッスンも再開し、今、毎日毎日思っていることは、感じている感情や不幸というものに浸り続けたいのかどうか、このドラマに浸り続けたいのかどうか、ということ。
親からは容姿や仕事のことで全面否定され、職場ではひどければ無視に近い状況だったり、溶け込めなくて孤立してしまったり。
どれほど頑張ったところで、自分の事案ではない対応に負われ、目に見えない部分でのことばかりだから、誰にも評価も感謝もされず、事案に配慮があるわけでもなく、やりきれない気持ちになることもしばしばだ。
幾度も幾度も孤独を感じ、怒りを感じ、不満を感じ、すべてをやめたくなる。
それでも、本当にもう飛躍したい、これまでと同じ繰り返しはもう嫌だとだけは思っている。
置かれている状況からも、それができるタイミングだとも信じている。
変えるのは相手でも状況でもなく、自分の心から錯覚を取り除くこと。
ただただやりつづけること。
途方に暮れること=全面的降伏=自分はなにも知らないと価値判断をすべて退けること
今、とてもとても恐い。
そして、本当に途方にくれている。
これまでとは違う一歩を踏み出したいと思う一方で、なにをやればよいのかもやり方もわからず、答えも訊く人もいないから。
また、それは外側に答えを求めるものではない、ということだけは感じているから。
そこに対して嘆きや怒りや攻撃の思いは感じていない。
さびしい、孤独だ、不安で恐いという思いはある。
攻撃の思いなく途方にくれていることを認めてみたら、やっぱり内側に、見えない存在に向かうしかなかった。
今世において、なんとなく生きることや嫌なことは避けて通ることを選択することもできそうな気はするけれど、逃げずに味わいきること、選択に責任をもって生きることをしたい。
どうしてもその一歩を踏み出せないでいるけれど。
今日はあることから、あらゆることに対して、今の自分にはこれが足りなくて欠けているから踏み出せないと感じていることが腹に落ちた感じがする。
能力も体型も話術もなにもかも全部足りない。
同時に、両親からも他者からも今のこの自分を認めてもらえていないことに葛藤を感じていると思う。
それが見えたとき、せめて自分だけは今のこの自分に対して認めたい、このままの自分の存在を許したいと思った。
○○という条件があればスタートできたり変われるのではなく、今のこのままから始めること。
そして、どうすればいいのかはわからないけれど、新しいものや色んな人とふれあうことが必要だととても感じている。