「奇跡講座入門 講話とQ&A (ケネス・ワプニック/著)」より抜粋
P35~
もしも誰かが『講座(コース)』に本当になじめなくて、『講座(コース)』と格闘したあと、自分はそれを学べなくて落第したと感じるとしたら、それは間違っています。
そのようなことは、『講座(コース)』自体が教えようとしていることとは正反対のことです。
このコースの目的は、人々に罪悪感を抱かせることではありません!
全くその逆です。
しかし、これが自分の道だと感じられる場合は、格闘しながら進んでいくだけの価値があります。
質問:
ある時点で私は理解したのですが、多くの人々がこのコースを学び始めるけれども、途中でものすごい抵抗にあうことになるようですね。
回答:
まったくその通りです!
『講座(コース)』を学んでいる途中で、この本を窓から投げ捨てたり、誰かに向って投げつけたりしたくなる時期を通らないとしたら、その人はおそらく、『講座(コース)』をちゃんと学んでいないということになると思います。
あとからもっと詳しくお話ししますが、その理由を簡単に言えば、このコースは、私たちが普通に信じていることのすべてに真っ向から対立するからです。
そして、正しかろうと正しくなかろうと、私たちは他の何よりも自分の信念体系に頑固にしがみついていようとするものです。
『講座(コース)』の中に、あなたは自分の正しさを主張したいのか、幸せでありたいのか(T-29.VⅡ.1:9)という問いかけがありますが、私たちのほとんどが、幸せよりも、自分の正しさの方を選ぶだろうと思います。
そしてこのコースは、本当にそれとは逆行するのです。
『講座(コース)』は、嫌になるほど克明に、自我がいかに間違っているかを描写しています。
私たちはその自我と強い一体感をもっていますから、この思考体系と格闘することになります。
ですから、先ほど、『講座(コース)』を学んでいる人が抵抗や困難を経験することがないとしたら何かがおかしいと述べましたが、私は本気で言っているのです。
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昨夜、高熱でダウンしながら、久しぶりにふとこの本を手に取った瞬間、思いあたる理由はないのに涙があふれて止まらなかった。
このところ、思考も感情も止まることなく、目に見える状況に翻弄されつづけ、どうしても立ち止まることができず、奇跡のコースの文章にふれることすら難しくなっていた。
上司からゆっくり休んでいいからねという心からのあたたかい言葉(言葉でない言葉)と、仕事を先回りして全部快く引き受けてくださったと知って安心した途端、どんどんゆるみはじめた。
本当の意味での休息の時間。
『奇跡講座』のこの文章を読んだとき、どこかで自我の抵抗にあっている自分自身をとても責めていたのかもしれない、本当はただやさしくそんな自分を認めて素直になればよかったのかもしれないと思った。
最近、料理やホットヨガが心の底から楽しくて仕方なく、そんなときは味も身体もどんどん変わっていく。
奇跡のコースに対して、そんなわきあがるような喜びはここしばらく忘れてしまっていた。
この与えられた時間を、もう一度心の底から選び直すきっかけにしたい。
心からそう思う。
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