今朝、半端ない心細さと孤独感とさびしさに泣けて泣けて仕方がない中で目が覚めた。
心にひっかかったわけでもない些細なことが引き金となり、本当はさびしくて心細くて仕方なくて、ほんの少しだけでいいから話を聞いてほしいと思ってしまうのに、どうして自分の周りには話を聞いてくれる人がいないのだろうととても悲しくなった。
人は大きく見える出来事や窮地に陥っている人がいれば、自我によってかわいそうとか助けてあげなきゃとか関心をもったりやさしさを見せたり、一時的にする。
そうでないときは、自分のことで精一杯で、他者のことは攻撃の対象とする以外、どうでもいい。
会社の中で、共に働く職場の人々も、会社にかかってくる電話の多くも、家族を含めプライベートにおける人間関係もほとんどすべてそうだ。
そこにつながりはない。
自分でもどうすることもできないこうしたことに、本当にもう嫌になり、抵抗する気力もなく、ただ泣けた。
そして、諦めと絶望しかないとき、他者などなんの助けにもならない、自分に手をさしのべてくれる人などいないと思い知るとき、決して前向きな理由からでも希望があるからでもないけれど、淡々と真実に手を伸ばすことになるのだと思う。
☆「大いなる恩寵に包まれて」P 211
0 件のコメント:
コメントを投稿