2016年2月8日月曜日

怒りについて

「奇跡講座入門」より抜粋

P163~

真の問題は、自分の罪悪感のゆえに自分自身に向けている怒りなのです。

ここで危険なことは、これが一時的なステップであることを見逃してしまうことです。

最近の心理学の学説のせいで、私たちはこのこと自体を目標としてしまいます。

そうすると何が起こるかといえば、怒りが偶像として崇拝されてしまうのです。

というのも、他人に対して思いっきり怒りをぶつけることは、実に気持ちがいいからです。

心理学は、決して「真の問題は罪悪感であり、罪悪感は神に対する防衛である」といったことを、私たちに教えてはくれません。

そうなると、怒りの表現そのものが目的となってしまい、それが実にいい気持ちにさせてくれるので私たちはそれを手放したくなくなります。

けれども、私たちの目的は、怒りの根底にある罪悪感に触れて、それに対処することです。

怒りを完全に超えていく過程の一段階としてのみ、私たちは怒りを表現することが必要なのです。

ですから、怒ることが必要だと感じられる時期を私たちが通過するなら、私たちはそれを過渡期と見なして、そうした怒りはたいしたことではないと捉えるべきなのです。

そうすればその後、私たちは真の問題に迫ることができます。

つまり、罪悪感です。

私たちが実際に罪悪感に対処してそれを手放すなら、私たちはその後は二度と怒る必要はなくなります。

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