毎日を生きる気力が枯渇してしまうこと、しばしばある。
そんなとき、生命の喜びにふれたり、幻想の世界に取り込まれていない人々にふれると、枯れていた生命の泉が再び潤うような満ちあふれるような、そんなことを感じる。
鮮明に覚えているのは、彌彦神社で初めて東儀秀樹の演奏を聴いたとき。
理性を超えて伝わってきたものは衝撃だった。
もう一度、一生懸命生きようって決意していた。
そして、今回も。
生きる気力も、なにかをやりたいと思う力も失せつづけてしまい、光がまったく見えない日々。
そのタイミングで上司の話をいっぱい聴かせてもらった。
物事をどう見ていて、どうありたいか、そんな話をいっぱい。
その姿勢に、本当に不思議なことに力や希望がわいてきた。
目の前のこと、一生懸命やろうって思えた。
上司と共にいられる時間、めいっぱい吸収したいって思った。
わたしも、上司のような在りようで生きたい。
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